お盆休みの時期ですね。
福岡市内の実家で暮らす現在の私は、いつもと変わらない日常生活を送っています。

実家帰りと旅を掛け合わせるものがない寂しさと
繁忙期に移動しなくていいという気楽さがあります。

私には実現させたいライフスタイルがあります。
それは
「季節ごとに国を変えて暮らすこと」

そのライフスタイルが実現した時には、「旅を楽しみながら田舎帰り」も実現すると思うとワクワクします♪
それまでは今の暮らしが続くことになります。
それはそれで、ありがたく思いながら過ごしています。

そんな私ですが、子どもの頃にはいわゆる「田舎帰り」がありました。
振り返れば、私が小学1~3年生の頃が最も楽しく幸せな田舎帰りができていたと感じます。

その理由はふたつあり、
ひとつめは父方、母方両祖父母とも健在だったことです。
小4の夏に母方の祖母が亡くなるまでは。

ふたつめは
3歳上の兄、2歳上の姉と3兄妹そろって、子どもだけで移動する旅があったからです。

小学1~3年の頃の私は、長崎県諫早市暮らし。
父方の祖父母の家は、山口県徳山市(現・周南市)に
母方の祖父母の家は、熊本県熊本市にありました。

子ども3人旅が実現したのは、父方の祖父母宅へ向かう時です。
母が諫早駅で見送り、祖父が博多駅の到着ホームで待ってくれていました。
祖父は私達3人のために、徳山から博多まで新幹線を使って迎えに来てくれていたのです!!
後日両親と祖父母宅で合流し、帰りは父が運転する車で家族全員で帰宅するというのが定番スタイルでした。

何かと物騒な世の中になってしまったこのご時世に、小学生の子どもだけで移動は難しいかもしれません。
古きよき時代だったと思います。
当時は全員小学生でしたから、全員子供料金で済んだという両親の本音もあるようです(笑)

いっぽう母方の実家があった熊本へは、一家で車とフェリーを使って行っていました。
祖母の身体が弱く、父方の祖父母ほどたくさん会えなかったのが今でも心残りです。

私たち兄妹がひとりまたひとりと進学するにつれ、祖父母宅へ向かう足も遠のいてしまったのでした。
そしてひとりまたひとりと両祖父母が亡くなり…現在に至ります。

祖父母達は幼い私たち兄妹に無条件に愛情を注いでくれました。
動物園や遊園地、夏場は海水浴やプールにも連れて行ってくれました。
私と姉が作った晩ごはんも「おいしい、おいしい」と言って食べてくれました。

父方の祖父母と神戸や東京に行く機会もありました。
移動はもちろん新幹線です。
当時のクラスメイトにこのことを話すと、すごくうらやましがられましたね。

この頃の体験が、私を旅好きにしてくれました。
両親、祖父母には本当に感謝しています。

特に列車の移動が大好きで、ヨーロッパを一人旅した時には国際列車での国境越えを何度も取り入れていました。
今後も随所に列車の旅を上手に取り入れていきます。
まだ出会ったことのない景色を見るために。

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